2019年01月15日

きもち

表現者がみんな、曝け出すことに長けているのかっつったら意外とそうでもない、の巻。

そしてギャップ萌え、の巻。



ワークショップでも現場でもたまに取材とかでも言っているけど、俳優業はドMな仕事だと思う。


応え続けたり吐き出し続けたり集中し続けたり受け取り続けたり渡し続けたり貯め続けたり。

自分がやりたいようにやってハイ終わり!じゃないから楽しい。

楽しいのだけど多分、消耗も激しい。

その消耗すらも楽しいと思えたらきっと物凄い楽で、そうなれればどんな役もどんな現場もどんな作品も乗り越えていける。


この永久サイクルを求めている節がある。



特に自分の周りに多いけど、こういう表現活動している人ほど人見知りな方が多い。

というか、人見知りだから演劇やってるんだと思う。

他者になることを突き詰めて、繋がることを試み続けて、何か違う自分になりたいと足掻きまくっているんじゃないかな。


そういう人の爆発力は凄い。

舞台上で百獣の王のように叫び駆けずり回り、縦横無尽に発散したりするから舌を巻く。

でもそれはあくまで舞台上だけでの話で、舞台から降りた途端に礼儀正しく伏し目がちでボソボソ喋り、常に周りを気に掛けて目立たないように目立たないように過ごしていたりして、好き。

男女問わず、そのギャップにグッとくる。


俺はこれ、ギャップ萌だと思ってる。

違います?



まだ視てらっしゃらない方もいるだろうから詳しくは書けないけど、最近色んなところで『日常も高宮みたいな人だと思ってました』と言われる。


日常もあんな人だったら俺、大問題です。


なんのこっちゃな方は『教誨師』を、どうか視てやって下さい。



いつもは現実と非現実の境目が曖昧で、その温みと緩みにクラクラしていたのだけど、今はそこがはっきりしていて狼狽える。

本当にあったことなんだろうか、と馬鹿みたいに夢想する。

そんなことがこの歳になってもまだあるなんて思ってもなかったから。


言葉を主な武器として闘っているけど、言葉ほど伝わらない武器はないなって絶望している。

言葉以上に伝える手段が欲しい。


この抱えている尖った感覚を、貴様に伝えたいのだ。



引き続きブログお引越し計画を画策中。

その節はこちらでアナウンスしますね。


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posted by 玉置玲央 at 02:55| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする