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2017年01月23日

虚仮威

柿喰う客『虚仮威』の公演が全て終了した。

終わらない、と思っていた時間が終わり、何とも複雑な気分だ。

終わらない演劇など無いのに。



『役とお別れをする』という時間はいつだって寂しくて堪らんのだが、柿喰う客の公演そしてその役となると、寂しさは途轍もないものとなる。

思えばこの作品、一太郎という役は、俺にとって『別れ』の役だった。


大千穐楽の一分一秒、一太郎が俺から剥がれていこうとする逃げ出そうとする旅立とうとする。

終わりだサヨナラだお疲れ様と呼び掛ける。

いやいや待ってくれあと何分でいい何秒でいい、俺と一緒に居てくれと、必死こいて抱き締めながらの大千穐楽だった。

別れとはつまり死だ。

森羅万象全てのものが向かうのは死で、一太郎は特にその死に向かっての速度があまりにも速かった。

で、それはどうしてかというと俺が、心の片隅で一太郎に早く死んでくれと願っていたからだと思う。

その癖こっちのエゴで行くなまだだと引き止めていたのだから、一太郎にとっては訳解らん事態だったろう。

ごめん一太郎。


舞台上、大正の登場人物が一人一人はけていく。

最後、親父殿とお袋様が俺を残してはけていくあの空間は、別れと死以外の何でもない。

親父殿の言う『やがてこの一族はバラバラになる』という言葉は、俺にとっては死ぬことを伝えてくれている。

真実を伝え女として生きるという俺の意志、俺の生き方は、どう足掻いても親父殿の死を回避させれない。

お前は女だと言ってくれた親父殿は、愛して止まないあの親父殿は、俺を置いて先に死ぬのだ。

圧倒的別れが、虚仮威には漂っている。

だからこそ、あの一族の末裔が現代を生き、そして『女になる』ことを選択した所以なんだと思う。

彼女が実際、どこまで女なのかは解らない。

でも、孕み産むことを獲得しようするその姿は美しい筈で、つまり圧倒的死があれば圧倒的生が滲み出る筈なんだよ。

『別れる』ということは『生きる』ということ。


生命を営むということが、虚仮威と一太郎の全てでした。



稽古を含めると2ヶ月くらい、一太郎と一緒に過ごしたのだけど、俺も最初は一太郎が女だということは知らなかったお客様方と一緒だ。

女だと解った瞬間から、まず何より精一杯考えたのは、どうやったら生理が来るかということだ何を言っとるんだ俺は。

生物学上ね、生理は来ません俺は男だから。

でもこれは演劇なので、目に見えないものをみせなくてはならないので、とにかく血を、見せることを躍起になってやっていました。


柿喰う客の舞台で女役を仰せつかるということ。


三重か仙台か東京か忘れたが、終演後に中屋敷が言うのです。

やっぱり玲央君は女役だよ。

と。


柿喰う客が劇団化する前、今から10年くらい前かな?『とりあえずナマで!』という企画公演で初めて俺は女役を仰せつかった。

ある架空の国の女王役。

最後は毒物呑んで憤死するのだけど。


そこから『サバンナの掟』の純江。

産むこと、母なる存在になること、世界平和に憧れる女子高生。

最後は頭撃ち抜かれて死ぬのだけど。


『いまさらキスシーン』の三御堂島ひより。

生命を疾る女子高生。

彼女の生死は定かじゃない。


上げたらキリがないけど、都度都度、中屋敷は俺に女役を与えてくれる。

きっと、凄く大切なことなんだと思うそれって自分で言っちゃうけど。

虚構性の極み、性別を超えることを許される世界それが演劇、それが柿喰う客。



この記事を更新したら、俺は一太郎とちゃんとお別れします。

月並みですが、彼女と過ごした日々は忘れません。


もう、何も無い。


さようなら。

posted by 玉置玲央 at 00:27| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
玉置さん。一太郎とお別れしたのに、質問することをお許し下さい。
時間がなくてアフタートークで質問出来なかったので…なんて言い訳ですね。お返事頂けなくても結構です。一生後悔すると思ったので書かせて頂きます。自己中すみません。

オヤジ殿が一太郎の好きは女が男親に抱く感情だから怖いといって顔を近つけるシーンが、大阪では距離をとっての演技だったのでどういう解釈の過程からああなったのか教えていただけると幸いです。

初見の時あそこのシーンで少し女らしい演技をされるなと思っていてとても気になっています。
Posted by ひとみ at 2017年01月23日 01:42
元々はがっつり近付いて、どさくさ紛れに親父殿の寵愛を獲るってつもりでやっていたのですが、日によっと、特に大阪では親父殿との物理、精神的な距離が遠ざかっている感覚があったのでそれに則っていました。
一太郎の親父殿への感覚は、即ち玉置の永島への感覚と同義です。
あそこは『慈しみ』の時間なんです。
Posted by 玉置玲央 at 2017年01月23日 15:51
お返事ありがとうございます。
そのようなお気持ちで演じてらっしゃったんですね。
一言一句、一挙一動に、こちらも全力つんやらでれやら致してましたので本当にありがたいです。

それを踏まえて、私はもう少し虚仮威について妄想させて頂こうと思います。

最大限の期待値を遥かに超える素晴らしい舞台でした。今後も柿喰う客、劇団員個人個人のご活躍を楽しみにしております。
Posted by ひとみ at 2017年01月24日 11:43
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