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2017年10月03日

夢見がちな少女

連日、嫌な夢を見る。

内容を簡単に言えば『どんなに想っても伝えても願っても、当然のようにそれは伝わらずただただ打ち拉がれる』という夢だ。



芝居をする上でふとした瞬間、頭によぎるのは『達成しないこと』だ。

達成感を得ると途端にこれまでを疑わなくなるし、これからを発展させなくなってしまう。

いつまでも本当にこれで良いのだろうか?と疑問を持ち続けること疑い続けることを大切にしたい。

その疑いは何かと言えば、自分の演技プランや思惑に対しては勿論だけどまず何よりは、共演者に対して本当に影響を与えられているか、刺激となっているかだ。

今の演技が果たして誰かの為に成り得るかを考えるのが、俺は好き。

自分一人で自分の為だけに頑張るのは、限界がある。

『誰かの為に存在する』のに必要なエネルギーとか想いとか熱量を想像してもらえれば分かりやすいと思う。

いつだって物理的にも精神的にも、誰かに助けられて生きてきているはずだ。


し、それを信じて生きてきた。


そういうことが時々、波のように押し寄せて来て、その度に帯を締め直すのです。



夢の内容はそんな思いを窘めているようで、肚の奥底をぎりんと捻りそのまま脊髄を通って脳に到達、打ち上げ花火みたいに頭の中で弾けて蔓延していき、なんとも嫌な気分で目が醒めるという訳だ。


いまさらキスシーンの自主稽古に勤しむ日々で、よく人から『一人芝居は孤独でしんどいだろう?』と聞かれる。

確かに孤独だ確かにしんどい。

でも本番が始まってしまえば、孤独ではなくそこにお客様がいる。

それが救いになる。

孤独でしんどいのは稽古中の方がよっぽどで、判断も選択も後悔も発揮も、全部自分だけで決めなきゃならない。

良し悪しはいずれ板の上で決まるとして稽古中の、目に見えない他者に思いを馳せて疑問を持ち続ける30分間が、真っ黒けっけの夜の海を、泳ぐみたいで怖くて堪らない。


果てがない、ということはポジティブとネガティブの表裏で紙一重。

どこまでも行けるし知れるし得れるのだけど、果たして自分がそれらを抱えられる程の器なのかを、否が応にも突き付けられている。

重要なのはそれら自体ではなく、その『突き付けられている状況にある』という事実。


何でもいい、しがみついて浮かんでいられる何かを、可及的速やかに見つけなければならない。


曖昧さは、緩やかな毒としていつか、致命傷に成り得る。

ということが何となく分かる。



舞城王太郎氏の著作に『熊の場所』という作品がある。

この熊の場所という存在があるから、前に進めるし後ろも振り向けるし横道に逸れることも出来る。

その都度、何かを願っているのだけどせめてそれだけは、どっかの誰かに伝わって欲しい。

直面するのは怖いけれど、直面しないと手に入らないものは絶対にあるから、熊の場所に行けたのならそれはきっと神様が今、立ち向かいなさいと言っているのだろうと、信じてやまないです。

そういうことにしたい。



明日から仙台に入ります。

宮城県にも国道四号線は走っていてそして恐らく、その国道四号線を走る女子高生がいるはずだ。

俺は彼女を見つけ出さなきゃならない。


見つけ出して何が出来るかと言えば、ただただ一緒に走ることだけだ。


でもそれが出来た暁には、嫌な夢なんて見ないし瑣末なものになるんだろうな。


背筋をピンと伸ばして脇をキュッと締めて、いざ。

待ち合わせ場所へ。

posted by 玉置玲央 at 12:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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