遅れ馳せながら。
カスガイ 2nd connect「バイト」
全21ステージが終わりました。
総動員数は2036名でした。
1st connect「リビング」の動員が900名弱だったので、4年間で2倍以上の動員になったという事です。
非常に嬉しい。
ご来場下さった全ての皆様、本当にありがとうございました。
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今回は兎に角
人の繋がり
に助けられた公演でした。
先ず何より「"パート"ナー制度」がでかい。
これは、お客様ともっと色濃く繋がる方法は無いだろうかと赤羽ひろみと話し、うんうん唸りながら共に産んだ「発明」でした。
俺は、演劇に於いて演者とお客様という垣根を取っ払いたいと思っていて、同じ空間を共有する仲間、共同製作者、なんなら共犯者みたいになれないかなぁと思ってました。
そういう関係性があってもいいじゃないかって、思うんです。
観る
以外に、
創る
があっても良いじゃないか。
面白い演劇観てもらってそれで繋がるのは勿論なのだけど、その面白い演劇創る時点からもう繋がっちゃうっていう。
それの足掛かりというか、初期段階が「"パート"ナー制度」なんだと思います。
少し話は逸れるかもしれませんが。
そもそも日本国内に於いて、演劇って結局どうやって創られているのか、環境や状況や現状、それから創り手側の想いや叫びみたいなものが不明瞭な部分が多くて、その不明瞭さが演劇水準の向上を妨げているのではないかと考えるのです。
これは演劇に従事する人間の誰もが考え、思い悩みぶつかる部分だと思う。
「知らない」は一番思考を殺すし、「知らせない」は罪だ。
フランスやトルコに行ったり韓国の皆と話して解ったけど、日本の若い演劇人は自分や身の回りの事で精一杯になり過ぎているように思う。
自分の仕事、劇団の事、将来や今現在が勝り過ぎていて、周りや取り巻く環境まで目を向けれない。
と、俺は感じる。
本当に少しで良いから知ってもらおうとする、両手を広げる、場所も考えも開く、兎にも角にも自分以外を、もう少しだけ考えてみる見てみる。
それだけで結構世界は変わるはずなんです。
だから俺は"パート"ナー制度を産み出しました。
知らないを一つでも減らしたい。
ただただ人が集まって、「演劇って楽しいね」って、ほぼ初対面みたいな人達が、老いも若いも男女も関係なく言い合って、その「演劇」って事だけが絶対的にお互いを尊重出来る術として存在している世界が、俺は、好き。
演劇を知り、携わる人を知り、同じ境遇の他人を知り、そうやって演劇が、その人にとって唯一無二になれば良い。
尊いものになれば良い。
そしてその形は人それぞれで良くて、それが、そのキラキラが、明日の演劇を明るくする。
と、信じて疑ってない。
これがパートナー制度の今現在と未来だ。
あなた達はもう、演劇人だ。
お客様と俳優なんて線は糞喰らえだ。
そんなんあるから、自己主張やエゴイズムを正義と勘違いして大衆意見にしよう、押し上げようと、良く解らん活動する輩が現れる。
絶対、目的を見失ってはいけない。
あなたが何をすべきかじゃない。
あなたに何が出来るかだ。
あなたがあなたの為に出来る事など、知らん。
それはあなたでしかないしあなただけで出来る。
あなたが誰かの為に出来る事を、知りたい。
誰かの為にと発信するならば、それは必ず目に触れるはずなのだ。
知らないんだから知るべきだ。
じゃなきゃ、何も語れない。
これは、未来永劫いつまでたっても変わらない。
演劇に従事する全ての人間にとって演劇とは、他人の為にあるのだ。
そんな世界だよ。
ここは。
きっと。
いらっしゃい。
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人の繋がりの話をもう少しだけ。
初めて俺が俳優で大阪に行ったのが「いまさらキスシーン」の初演なので2008年とかなのかな。
それから、柿喰う客本隊が大阪に行ったのが「恋人としては無理」で、それが2009年とかの事?
はっきり覚えていない。
初めて山崎彬と出会ったのはこの時。
色々あったんです。
本当に。
でも今、演劇という事を元に、誰も彼もとお話出来る、繋がれるのが本当に嬉しい。
「恋人としては無理」の仕込みやバラしで、精華小劇場の喫煙所で、お手伝いに来て下さっていた現地のスタッフさんと話した事とかすっげぇ尊い。
in→dependent theatre 2ndに初めて行って、当時は二階の楽屋前に当たり付きの自販機があって、何の気なしに缶コーヒー買ったら当たっちゃって、片岡の百萬両兄さんが話し掛けて来てくれたりとか、絶対忘れない。
現地で俺が仕込みバラし手伝ったりした時のガチャガチャした感じ。
やいのやいの。
そんで柿喰う客が大阪行く度に仕込みバラしに来て下さったり。
in→depeodentの1stで仕込みしてる時、相内さんがゲラゲラ笑ってくれてたり。
近藤のヒデシ兄さんがびっくりドンキー連れてってくれたり。
緒方の晋兄さんが頭おかしかったり。
大西のちーちゃんの一人芝居の脚本書いたり、それを上原日呂兄さんが演出してくれたり。
大塚宣幸と出会えた。
SUN!!と出会えた。
色々あった。
演劇で知らない人を知り、それが今なお繋がってお互いを助けたり切磋琢磨したり。
これは本当に超凄い。
大阪のパートナーさん方もそう。
だから俺は、カスガイで大阪に恩返ししたくて、大阪公演をやるのは絶対でした。
自分の団体で面白いもの創って、愛する人達を連れて、いつも言ってる「演劇で恩返し」したかったんです。
本当に助けられました。
東京は勿論、大阪では特に。
人の繋がりに。
大阪だけで600名以上の方に観て頂けて、これは間違いなくカスガイだけじゃ出来なかった。
本当に、本当にありがとうございました。
人間、やっぱり凄い。
演劇で、お返しします。
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感じた事。
面白い
つまらない
という感想は良い。
全然良いのだ。
伝わらない
ってのが一番悲しかった。
演出の意図として当然、何もかもを真っ直ぐに出さないようにはしているけれど、伝えたい事、信じてる事、貫いてる事が、微塵も伝わらない時ってのが、本当に悲しかったなぁ今回。
だから未だ未だ精進します。
あと、伝えたい事を伝える為に技術や知恵を身に付けるのは大事ですが、俺は、環境を根刮ぎ変えようと思います。
柿喰う客の「無差別」やった時に、七味が「この作品が面白くないって人は、ご縁が無かったって事だよ」って言ってた。
これは表現者としてはもしかしたら言い訳や逃げの言葉なのかもしれんが、俺は超納得した。
今回の「バイト」をやって一番自分の中に起こった変化は、揺るぎない「運命」を迎え入れられた点。
物事には理由と、そこに至る事情と、それらを取り巻く環境や状況があって成り立っている。
それらが、留まらず常に動き、飛沫し、今現在を形創っている訳だ。
停滞は皆無。
だから、その瞬間瞬間の自分や場所や結果は「絶対」なのだ。
大いなる「何か」が働いて「そう」なっているのだ。
この芝居が観れた人はそういう運命。
この芝居が観れなかった人はそういう運命。
舞台上の流れや感情、関係性も運命。
伝わらないのも運命。
生きてるのも、演劇やってるのも、泣くのも笑うのも怒るのも、何もかも運命。
大いなる何かに導かれた結果なのだからそうだし、もうこれはしょうがないのだ。
そしてそれは、諦めろ、諦めるって事ではなくその運命を「受け入れる覚悟を決めろ」って事だ。
覚悟があれば、それが信じるべき道になる。
覚悟が全てを肯定する。
同時に、全てを否定する。
物事に「納得」を発生させる為に、覚悟を決めなくてはいけないのだ。
運命を受け入れる為に。
それが、それこそが、まず第一の環境改善。
妥協や譲歩は必要ない。
運命に対しての覚悟が必要。
そして言わずもがな、俺は演劇界を何とかしたい。
色々散々掲げているけれど、勿論、演劇という媒体の普及や従事者の充足とか考えてるけれど、俺が伝えたい事がきちんと伝わるような演劇界に、変える。
自分好みの世界を創りたいって事ではなくて、作品も環境も感じ方も関わる人間も、もっともっと多様性をはらめるような環境を創りたい。
これについては、いずれゆっくり。
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カスガイの事。
先ずカスガイは、玉置玲央が主宰でやっている集団で、しかし方針として、集団の意思は俺には無い。
先述した運命に、全て委ねている。
何度でも言うが、カスガイは必ずしも演劇を創る団体ではない。
だから創った作品を愛して大切に思って下さるのは本当にありがたい。
が、団体に過剰に演劇の期待をかけられてしまうと、少しだけややこしくなる。
やりたい時にやりたい事をやれるだけやるので、コンスタントに公演を重ねるつもりは無いし、今後の作風や我々が何をやるか目指すかは我々も決めていない。
ただ、そういう団体があるんだなぁってくらいに思っていて頂ければ幸いです。
何が言いたいかって、悪い意味じゃなく、我々自体には価値が無く、飽くまで創り出す何かに価値があるんだって事です。
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俺はどんなんなろうと、取り巻く人の数が膨大な数になろうとも、変わらん。
一人一人ときちんと繋がれる方法をずっと模索し続けるし実行していく。
その為に必要な事は全てやる。
近くで大切な仲間が泣いていたら、カスガイが救ってやる。
演劇に対する不満は、カスガイが払拭する。
誰かが誰かを思う事を、カスガイは後押しする。
「知らない」と「知らない」を結び付けて、最高に尊い瞬間を産み出してやる。
それが、人間集団カスガイ。
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長くなりましたが、大P会も終わって、一応カスガイ2nd connect「バイト」が幕を降ろしたので、ようやく文章をまとめました。
長々書いたけど言いたい事は唯一つ。
おつかれ。