2011年06月29日

飛龍伝

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飛龍伝オールメンバー。

何から話せば良いのか、とつとつと話していこうと思います。



一心寺シアター倶楽プロデュース
つかこうへい追悼企画
飛龍伝

無事に全日程が終演しました。

何を燃料にしているのかは解らないが、巨大な焔が立って、燻る事無く、一瞬で燃え尽くして消えた。
そんな感じ。
こちとら何が起きたのか解らない、瞬間的な、ごく瞬間的なあまりにも烈しい魂の燃焼。



ご来場下さいました全てのお客様へ、とにもかくにも感謝。
6ステージ延べ1200人以上のお客様に観て頂けました。
東京で普段芝居やっていて、この作品と出会い、大阪でこれだけのお客様に逢えた事、これは奇跡だと思ってます。
人の出会いや選択は、あらゆる思いが積み重なって今に繋がっている。
当然ですが俺があの飛龍伝の場に居ない可能性もあった訳です。
1200人のお客様が、誰一人として飛龍伝を観なかった可能性もあった訳です。

でも、観た。
俺も、居た。

当然のように催される演劇。
当然のように演劇を観に行く。
訳ではないですからね。
そこには様々な想いが選択が奇跡があって、それ故に成立していた。
飛龍伝。

そこに、物凄い感謝と感動。

同時に、
東京から来た良く解らん俳優に皆様優しくして下さって、本当にありがとうございました。
やっぱり、不安な面はありました。
柿絡みで何度も赴いては居ますが、誰だ玉置玲央ってってなるのは目に見えていたので。
そんな心配をよそに、大阪のお客様方は暖かった。
優しかった。
それが本当に嬉しかった。

関西のプロデュース公演にも関わらず、関東から主演を呼ぶのはどうなんだ?という話を、そこかしこで耳にします。
それはまた別の話なんで、俺は言及しません。



目標があった。
先ず第一は、俺を呼んで下さったプロデューサー藤原治基さんに喜んでもらう事。
打ち上げのもう何もなくなった場内の客席で、玉置を呼んで間違いなかった、本当に助かった、大阪と東京のお互いにとって良い刺激になったと言ってもらえたのが、物凄く嬉しかった。
思わずその言葉を聞いて泣いちまったもん。

恩返しが、したいんですよ。
呼んでもらった以上、俺は最大限働く。
期待以上のものを出すのは当たり前だ。
俺が山崎一平をやる事により、作品の強度やクオリティが上がり、観に来て下さったお客様が喜んでくれて、つかこうへいの偉大さや演劇の楽しさを知って、劇場に通うようになって。
俳優同士も、お互いが未だ日本にはこんな俳優がいるんだって刺激になって。
それが藤原さんから求められた俺の役割だと思っていたから。
だから、必死に果たした。
恩返しした。
藤原さんと、関西演劇界に。



見たことない風景を見る
ってのが、俺個人の命題でした。
見たことない風景を見せる
ってのも。
数多ある出演作品の一つでは絶対に終わらせたくなかった。
そんなつもりで取り組むと、とって喰われる作品だったから、俺は何か色んなものを飛龍伝に注いだ。

皆と一緒に、見たことない風景を見る。
行ったことない世界へ行く。
物凄い感覚的な話で解り辛いかもですが、それをただひたすらに目指していた。
結果として、見たことない風景の片鱗を見たと思う。
個人的には。
見たことない風景を、見せれた自信は、超ある。
共演者にも、お客様にも。
でも、もっともっと行けたんじゃないかってのは、終わった今だから言えることでもあるのだけど。

つかこうへいという演劇人が居たということ、こんなに素敵な最強の愛の物語を書いたんだということ、それに取り組んだ連中が居たこと、玉置玲央が山崎一平という役と共に生きていたこと。
とかね。
何はなくとも、あんだけ情熱的な演劇がこの世に存在したということを、どうか、どうか忘れないで居てほしい。
一心寺シアター倶楽プロデュース
つかこうへい追悼企画
飛龍伝
という作品を観た全ての人には。



まだまだ身体で芝居をやってる。
つかさんの本は、実は一番脳みそから芝居をしないと戯曲にあっさり置いてかれる。
脳みそで噛み締めた色んなものが、消化して租借されて初めて身体に出てこないと、痛い目見る。
俺は見た。

まだまだまだまだまだまだ精進します。



観に来てくださった全てのお客様。
本当にありがとうございました。

共演してくれた皆。
一緒に演劇やってくれて本当にありがとう。

誘って下さった藤原さん。
感謝。

共に生きた山崎一平。
またどこかで逢おう。

追い求めた桂木順一郎。
一生忘れない。

俺が愛した神林美智子。
永遠に生きてくれ。



飛龍伝と、演劇という名の元に、記憶も、記録も、想いも、思い出も、永遠に生きてくれ。



この一言に尽きる。

愛は祈りだ。
posted by 玉置玲央 at 21:12| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

サバンナ

一応十年芝居やってきて、
どうしても忘れられん役
とてつもない風景を見れた魅せれた役

ってのがあって。

柿喰う客の再々演の『サバンナの掟』の純江。
あれは、目に入った風景とか更にその先の風景とか、空気とか感覚とか、何かもう全部全部覚えているし感じている今も。
吐き出している言葉が、空中で空気に混ざり込んで至る所に滑り込んでいってるのが解った。
手足が身体が脳が空気を裂いて目に見えない何かを掴んでいる感覚があった。
血が血管を疾走したり、足元の死屍累々の共演者達が酷く美しかった。

三年前。
若いから出来た事。



26の今の俺。
にしか出来ない事。
をやっています飛龍伝。

この作品の山崎一平という役は、どうやらこのまま行けば、

どうしても忘れられん役
とてつもない風景を見れた魅せれた役

に辿り着けそうです。
しかも26歳の、三年間の成長やらを上乗せしたそれに辿り着けそう。

人生を賭けた役。

だからどうか、観に来て。

ご予約はこちらから
http://ticket.corich.jp/apply/25676/004/
posted by 玉置玲央 at 13:08| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カナリア

常に囀るので、助かる。
その異常自体をつぶさに汲み取れば良いのに。
それすらも惰り取り零すので。
そこかしこから吹き出している毒ガスを、肺の奥の奥の奥の奥の奥のその居場所へ。
そうやって、時は金なり。
鳴き止めば、時は金なり。

金色でまばゆい。
全くもって清々し。
二時間半、500kmを往く。
それと同じ速度で、毒を薬を脳内へ送って。
まばゆさ一糸纏わない頃合い見計らって、いざいざ想像力と思いやりの別天地へ。

つまりは、単純に、そういう事だ。

一旦、一端を締めて、行ったんだ。
posted by 玉置玲央 at 09:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月19日

タラチネ

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写真は
この現場では珍しい歳下の共演者、DEW(でゅー)君。
いつぞやの焼鳥屋にて。

大好きな大塚宣幸と、東京大阪問わず世話になりっぱなしの緒方晋。

やはり大好きな大塚宣幸あだ名はのりのりと、大先輩坂口修一。
当日パンフレットの修正中です。



更新滞ってましてすいません。

大阪で過ごして、数週間。

来る芝居の案内、悉く観に行けず申し訳なく思っています。

殊更、色んな事で関わらせてもらっている、確率論を観に行けないのは残念。



近況。

初日一週間前を切りました。

一人芝居のチケット発売。
近日中にチケットページリンク貼ります。
ツイッターには呟いたので、良かったら
reo_tamaoki
をチェック。

つかこうへい追悼企画の現場に、観劇者なり仕込み者なりで顔を出している。
えん魔さんが偉大。

箱庭円舞曲『珍しい凡人』がこりっちでグランプリ受賞。
昨年、柿喰う客が頂いた際、俺はその公演に携わっていなかったので、個人的には雪辱を晴らせた。
何より、古川さんが一番雪辱を晴らせただろう。
この公演に関われた事を、心から感謝している。
何に。
全てに。

大阪から帰宅直後の30日、『100万回生きたねこ』に出演する事になりました。
詳細はまた近日。

演劇モバイルというサイトに、玉置玲央の取材記事が上がると思います。
詳細はまた近日。

ある公演のフライヤー間もなく完成。
お披露目が楽しみ。



こんな感じです。
元気です。

俺は今踏ん張り所です。

俺は頑張ります。
posted by 玉置玲央 at 23:19| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

ソウゾウ

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東京ではポークチョップを喰らう。
これがあれば、どんなでもやっていける。



そう。
一日だけ、東京に居たのだ。
逢ったのは、事務所の皆と親だけ。

曇天から大雨。
思いの丈。
行く宛ての無い世界。
紫陽花の紅碧。

行くも帰るも瞬きの
その裏手にて
邂垢待ち望む
梅雨
青白い

綻び易くなっちまったものだ。

解けるのと綻ぶのは、全く違う。

それを吐き違えていたら身動き取れなくなるので、眼光だけは鋭く、前を向いていようと思う。

なんにせよ、飛龍伝に命を賭ける。



あ、恐い。
posted by 玉置玲央 at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

ウンメイ

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いやー、自分で言うのも何ですが、玉置、可愛い顔してますねー。

京都に滞在してMONOの稽古をしている七味と、大阪に滞在して飛龍伝の稽古をしている玉置が、大阪で出逢いましたよ。

座組の皆と逢うのが、そして皆ときゃっきゃっ言いながら稽古をするのが、兎に角楽しい。
一気に沢山お兄ちゃんが出来た感じ。

それと同時に
大阪で、劇団員に出逢えるのは格別な嬉しさがある。
七味を見付けた途端、赤信号突破して持っていた小道具ぶちまけて、抱き締めたわ。
嬉しいに決まってる。
顔は綻びますわ。

どんなに悪態ついても、どんなに旧い付き合いでも、お互い何をしていようとも、俺はやっぱり七味を愛している。

英気と勇気と元気と本気をもらった。

有難う七味。



大阪の生活には慣れてきた。
というか、何処で何をしていようとも、演劇をやる事には変わり無い。

日常生活が、もうなんか、皆無。
自分でもようわからんが、皆無。



色んな事が、俺の中に渦巻いてる。
今、今、今。
俺がどうにかならなくては、きっとこの先俺は一生糞野郎のまんまだと思う。
今。
今。
今。
どうにかならなくては。

人は幸せになるために生きている

と、つかさんはストリッパー物語の劇中に言っている。

そして

誰かを不幸にしなきゃ、誰かを幸せにすることなんて出来ない

とも言っている。

誰もが追い求めるものがあって、でもどっかの誰かが優しい声で、どっかの誰かを打ちのめしている。
それは、自分かもしれないし自分ではないかもしれないし。
打ちのめすかもしれないし打ちのめされるかもしれないし。

でも何だかそんなことは些事に過ぎない気がしていて。

俺はこう思います。

人は誰かを幸せにするために生きている

これで間違いない。
人間の一生は、綺麗言だと言われようが、これで間違いないのだ。

誰かを不幸にしなきゃ手に入らない幸せなんて、まやかしだ嘘だ身から出た錆だ糞喰らえだ。



俺が今、飛龍伝を山崎一平をやる事は、奇跡であり運命だ。

例えば
この芝居に出る事で、今後一生の演劇やる権利が剥奪されると言われたとしても、俺は喜び勇んで飛龍伝をやる。
そのくらいの覚悟と絶望と希望が、ロールシャハみたいに左右対称で俺の中にある。

それくらいの奇跡。
それくらいの覚悟。

東京からも、観に来れば良い。
損させないですから。

予約はこちら
http://ticket.corich.jp/apply/25676/004/
posted by 玉置玲央 at 04:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

セイメイ

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空が明るみだしているのに、全然眠れない。

眠れなくて良いや。



色んな事がフラッシュバックする日々。
魂が、想いが、記憶が、振動して俺を揺さ振る感覚で。
現実を全然見れてないのだろう。

死ぬ気で生きる。
ここから先、いよいよ死ぬ気で生きる。

人生投げ打ってでも、死ぬ気で生きたいのだ。



大阪に滞在しています。
飛龍伝の稽古です。

俺は俺で、共演者との、演出家との、関西の演劇との、信頼関係を築くのに必死です。
でも、このがっついてる感じ、嫌いじゃない。
寧ろ好ましい。

山崎一平という役を、俺は今後一生忘れないし愛していく。
それくらい、演劇感や人生に影響が出るくらい、凄い役だ凄い本だ凄い演劇だ。

絶対絶命する。
人間は。

でも俺は、生きる。
絶命するその瞬間まで、燃えて燃えて燃え続けて生きてやる。
生きるという事を、価値にしたい。
演劇にしたい。

誰かを愛している。
演劇を愛している。

その愛が、愛を、もう何かそれが全部演劇に人生に、なってしまえばいい。
真摯に実直に、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して、一生を送れれば、もうそれでいい。

今岐路に居る俺を115歳の俺に見せてやるまで俺は死なない。

だって俺は貴女を愛して演劇やってるのだから。



眠れない。
眠る暇なんて無い。

その暇は全部捧げたい。



大阪まで、観に来る価値があります飛龍伝。
だって今俺は間違いなく人生で一番生きてる。
一番生きてる玉置玲央を観てもらいたい。

もう何度言ったか解らない一生のお願いを、ここでまた使う。

一生のお願いだから、生きてる姿を観に来てほしい。
東京から大阪まで。



想いは500km越えて流石に加速。
しゅりんしゅりん風切る音協奏曲気味で耳障り絶好調。
遥々の遥かに見る景色は必ずしも独りでではなく。
切磋琢磨と研鑽故の絢爛豪華生命力だ。

届け。



連絡滞っていて皆ごめん。

俺、今、頑張りますから。
頑張りますからどうか見捨てないでいて。
posted by 玉置玲央 at 04:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月06日

イロハニ

いみじくも
ろくでなく
はからずも
にぎやかに
ほうほうのてい
へつろうて
どくせんよくは
ちりぢりに
りゅうりゅうのみち
ぬかるんでいる
るつぼとかす
をかし

わいわいと
がのつよまりに
ようやくの
だましだまされ
れんぴんとかし
ぞくぶつ
ついぞ
ねくびかかれ
なきぬれて
らいちょうとびたた


うるさい
ゐよゐよもって
のさばらしておく
おこがましさ
くやめ
やっつけしごとの
まつりごと
けがしたくなかったら
ふるえて
こごえて
えがおで
てをふって

ああ
さらば
きょうとかきのうとか
ゆくすえは
めったにくちにせず
みちしるべも
じゃまでしかない
ゑいゑんかもしれない
ひよりみで
もうりょうばっこよ
せいいっぱい
ずるしてみて
posted by 玉置玲央 at 13:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

イキグセ

東京に居ます。

昨日は、インディペンデントの一人芝居セレクションの、パンフレット用インタビューを、中屋敷と一緒に受ける。
その後は、久々に、ゆっくり、中屋敷とサシで喋る。

6月1日をもって、中屋敷はゴーチ・ブラザーズに所属する事となった。
つまり俺は、劇団も、事務所も一緒の、同僚になった訳だ。
これには、大きな意味があると思っていて。
いよいよもって、俺はこれから先、中屋敷と共に演劇界を生きていく事になる。
劇団という言わばプライベートな繋がりと同時に、社会的な繋がりが出来た以上、俺は、中屋敷の演劇と共に骨を埋める覚悟でいる。
そして何としてでも、中屋敷の作品の、この世で一番の体現者でいなくてはいけない。
ってかいたい。
それが勤めだと思っている。

そんな話を織り交ぜながら、最近の演劇界と近況について、だらだら喋りましたとさ。



今朝は、秋に出演する舞台のフライヤー撮影に向かっています。
もう少ししたら詳しい事話せると思いますが、大きな舞台に出演する事になります。
公演規模も、劇場規模も。

絶好調な2010年ですよ本当に。
有難い事です。



reset-Nが、劇団としての活動を終えた。
夏井さんのプロデュース団体として、これからはやって行くという。

その事実は、やはり残念で仕方ない。

俺は、どうしても夏井さんの創る世界が好きだった。

大好きだった。
夏井さんの創る
破滅

破滅に直面する人間

それを彩る世界
が。

劇団としての最後の公演に参加出来た事。
そもそもreset-Nに参加出来た事。
それがRose+だった事。
あの世界に存在出来た事。
劇団員方と絡めた事。
何もかも、全て、誇りに思う。

薔薇の様な破滅に、生きれた事を。



隆々と脈打つ演劇もあれば、静かに目蓋を閉じていく演劇もある。
どんなに栄華を誇ろうと、死には勝てず、疲労には勝てず、軋轢には勝てず。
様々な事情で。
目蓋を。

その全ての演劇に、俺は敬意を表します。



東京は今日も雨だ。

どうか晴れますように。

3日から俺は、大阪に三週間ほど滞在してきます。
東京には居ませんので悪しからず。

おこがましくも、つかこうへいという偉大なる先人の作品を、暴れ回ってやりますわ。



今夜は箱庭円舞曲精算会。
逢いたい人達、喋りたいあれこれ。

嗚呼、東京は雨だ。
鈍色の碧。
posted by 玉置玲央 at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

キラメキ

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現代アート、ここに極まる。
名付けて須貝世界。



因果応報ってのはある。
新良エツ子じゃあないけれど。
俺はそれが恐くて堪らない。

油断や甘えが速攻で、底無し沼みたいな所にずぶずぶ。
その際限の無さに、ごめんなさいって、心から、素直に、思う。

物事を簡単に捉え過ぎていたり、
こんなもんだろうって見当違いとか、
自分にとっての居心地の良さのはき違えなど、

そろそろ良い加減にぴりぴりしないと、俺は悔やんでも悔やみきれない後悔を、いつか必ずする。

だから、ごめんなさい。

同じ目にあわされても俺はそれをきちんと受け止めなきゃいけない。

俺の中にしかない正義生理に流されちゃいけないのだ。
だってそれはただの我が儘でしかないよ。

一寸冷静になって、本当にそれで良いのか、良く考えろ。

それが貴様の為である。
それが貴様の為である。



大阪から帰っている今。

すったもんだがあったのだが、それはまたの機会に。

俺は東京の演劇人で、今回の飛龍伝の座組のメンバー以上に紳士な方々を、見た事が無い。
真摯でもあるのだが、兎に角紳士。
それは皆さんが、嫌味な意味ではなく、良い歳の取り方をしているからだと思う。

接していて、物凄く心地良いのだ。

だから結構甘えさせてもらっている。

独り善がりかもしれないが、信頼関係が構築されていってるのが、解る。
だから俺は、それを丁寧に掬い取って、大切に大切に生活していこうと思う。

今日も、甘えて、善かれと思って、不用意な発言をしてしまって、反省。

俺はこの出逢いを、経験を、大事にしたいのだ。



大阪は大川の、あの風景。
雨が降りしきり、光の乱反射が無限に止まない空間のあの風景を、俺は忘れん。

殺伐としていたりする主義思想感覚はもうもはや些事に過ぎず、今はもう、そうなんだという事実や、眼球に飛び込んできている世界に、心身預けてみようと思う。

それで上手くいかなかったら、俺はそこまでの男という事だ。

どうか満ち引きが、ぴったりと息を合わせますように。
更には満ち満ちて、引く事など無いように。
どうか。



いつの間にか
ろくがつだ
はやい
にげられん
ほうこう感覚がとっても
へん
とまれんのだでも
posted by 玉置玲央 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

タガタメ

三度目の渡阪。
箱庭が終わってから、余りに激しいスケジュール。

だが、平日は暢気なもので、のんびり過ごしていたりする。

安息を、力尽くでも手に入れないといけない。
安息は、勝ち取らなくてはいけない。

稽古
取材
取材
スチール撮影
精算会

そして、稽古。

有りの儘の自分で居る事の難しさは、自分自身が一番知っている。
故に一番難しい。
有りの儘という状態には、自己と他者の間に絶対に意識差があって、その他者に委ねざるをえない部分に於いて、暗中模索の手探りで進むしかないからだ。
他者が自分の事をどう思うかを、零から百、操作できる訳がないからだ。
それを見事に掻い潜り、遣り繰りして、
有りの儘の自分
を形成していく訳だ。

ただただ独り、喚き散らしてやりたい放題で居る事が有りの儘と思ったら、やはりそれは大間違いなのだ。

他者と繋がって、お互いの距離を創り、心地良く、有りの儘で居たいものですね。
だって最高超絶ハッピーな事に、俺は独りじゃないのだもの。

大阪で、見ず知らずだった猛者達と共演する俺は、その
有りの儘の自分
を、猛者達とのやりとりによって形成しようと心掛けている。
演劇は、俺にとってやはり話が早い。
箱庭円舞曲で、初共演だったにも係わらず最上級のやりとりを井上裕朗氏と繰り広げられた事は、その点に於いて絶対の自信に繋がった。

演劇によって
人は絶対に独りではなく、同時に、時代や民族や性別や価値観や距離感や一切合切をあっさりと飛び越える
という確証に繋がった。

価値観の開花。

これを大切に、大阪の猛者達と渡り歩いて生きたい。



だから演劇は辞められない。
だから誰かと繋がりたい。

見ず知らずの誰かに、伝えたい届けたい。
俺のこの気持ちを。



新幹線は小田原を越えて、西へ。
posted by 玉置玲央 at 14:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月25日

ヤマノテ

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週末大阪通いが続いています。

飛龍伝という作品は、そりゃあ台詞量が半端無いのだが、楽しくなってきてしまえばこっちのもの。
最近の楽しみは専ら、台詞覚えと自転車とDVD鑑賞だったりします。



大阪での、三年前のいざこざあれやこれやは、未だに反省しています。
どうやら向こうでは語り草のようです。
それでも、そんな自分と共演して下さる皆様に、心から尊敬と感謝です。



土日はみっちり稽古して、平日は正に腑抜けた生活をしている。
惚けている。
重要なのはやはり、演劇と日常の境目、切り替えだと思う。
人に非ざる時はとことん、人間の時は人間として生きる。



写真は、色んな方から評判は伺っていた、『戎け(えびすけ)』というホルモン焼き屋の肉とご飯大盛りと共演者の浅雛さん。
kg単位で肉を頼むんです。

食べてる途中でバスの出発時間が迫り、戦線離脱。

また行こうと思う。



遊んでばかりじゃないぜ。

東京でも、取材を受けたり精算会があったりスチール撮影をしたり、するんだぜ。

仕事をもりもりこなしていきます。



精神と時の部屋に入りたい。



村上誠基の久々に更新されたブログが面白過ぎるので、皆見て。



品川駅にてぷらっとこだまのチケット入手。
快適な渡阪が出来そうだ。
posted by 玉置玲央 at 19:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

ムダアシ

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これは、柿喰う客が新メンバー交えて飲みに行った日に、永島敬三が捻り出した大喜利。

こういう所が、彼を劇団員に迎え入れるに至った、大きな要因だと思う。

永島敬三
大村わたる
右手愛美
葉丸あすか

が、柿喰う客に加わります。
10人体制で、やっていきます。



HPの説明にもある通り、公演事業を拡大する為に、新メンバー加入は必須でした。
事実、俺は
ながぐつをはいたねこ
流血サーカス
に参加せず、更に
ナツヤスミ語辞典
悩殺ハムレット
には参加しない。

これは、中屋敷と相談し、客演の予定を入れたからである。
それが自分には必要だと思ったからである。

自分が居なくても劇団の活動は当然続く。
と言うか、続くように、新メンバーが入ったのだ。
当然、これは自分だけの話ではない。
他のメンバーだって同じ事だ。

この時期は劇団の人間は誰々しか居ません。
だから劇団宛のそのオファーは受けられません。

という事態を回避する為に。

だからと言って、必ずしも仕事を受けやすくする為に人数を増やしたのではない。
それだけではない。
そこには確実な信頼関係があって、一緒に芝居を創りたいという想いがあって、新メンバー加入に至っている。

じゃなきゃ、この四人に白羽の矢は立っていないのだ。



永島敬三について語る。

敬三との最初の出逢いは、正直どんなだったか忘れてしまった。
真説・多い日も安心
が初参加だった訳だが、どういう訳かもっと昔から居たように感じる。

そん時も、まぁ抜群に面白い事をやってのけてたのだが、何よりやはり
悪趣味
での敬三が、俺には物凄い気持ち良いのだ。

死んだ魚のような目をしている

と、俺は敬三を評する時によく言うのだが、これは誉め言葉だ。

キリンバズウカ

sumeru
の時の敬三の目。

表情も言葉も身体もきちんと生命力を発しているのに、目だけは死んでいて。
その時の役にどはまりしていた。

加えて悪趣味の時の様に、物語を背負い進行させる事も出来るし、柿喰う客にとって非常に重要な要素『すべる』役も出来るので、むむむと唸った訳だ。

キリンバズウカのログログを観た時は、
あ、こいつ何でも出来るな
って思った。

極めつけは
ひょっとこ乱舞

である

敬三の台詞は正に、水の様に滑らかでかつ立ち姿やらなんやらも美しく汚かった。
良い温度と勢いで、台詞が耳に入ってくる。
だらしのない立ち方と手遊びが映えた。

ながぐつをはいたねこ
での身体の効きっぷりも、惚れ惚れするものがあった。

まあ要するに俺は何を長々書いてるのかと言うと、敬三が好きなのだ。
俳優としても人間としても。

尊敬している。

正直敬三が居れば、安心して劇団を留守に出来るなと思ってる。
一線越えの狂った感じはまだ任せられないが、骨格創り、進行、茶化し、すべり、機動力や俊敏性、オールマイティーに任せられる。

だからと言って、進んで劇団を留守にする気はないよ。
俺だって敬三と共演したいもん。

でもこれから先の俺が不在の際には、これでもかってくらい頼ろうと思っている。

そんくらい一目置いてんだ俺は敬三に。

取り敢えず、11月までの全ての公演は、おまえに任せた。
頼んだ。



愛と真摯について。

一時に比べると俺は、演劇への愛を叫ばなくなった気がする。
そんな事ないのか。

努めて叫ばないようにしている訳ではない。

それでも方々から、

玉置玲央の演劇への愛情や真摯さは云々

といった、有難いお言葉を頂きます。
有難い。

そんなん言われて迷惑だ
って話ではなくてね、純粋な疑問として、そう思って下さっている方はどうしてそう思うのですか?

そんなに俺は表に出しているつもりはないのだけれど。

もうなんか色んな人に言われるから、

俺は演劇愛している
真摯に取り組めてる

って、事なんだなぁって、本当に有難く思うのですよ。

誰か教えて。
俺の演劇に対する愛やら真摯さは、何で測られてるの。

自分でも見失いがちな、大切な事なんですこれは。



大阪に向かってます。
稽古の為に。

生還を願っていて下さい。
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2011年05月17日

アウサカ

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煌めいている通天閣。
揺らめいている朧月。

ここは天王寺。
逢坂と書いておおさかと読む土地。

から帰宅。
二日間の終日稽古を終えた。
疲れた。
休む暇が皆無。



逢いたい人が沢山居るのに、時間が足りない。
あと頭が痛い。



楽しみな出演舞台が山積みだ。
その全てに真摯でいたい。



新しい眼鏡が欲しい。
posted by 玉置玲央 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

ハクアイ

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長いですよ。



人は、いつ死ぬか解らん。
違う言い方をするなら、いつ死んでもおかしくない。

だから悔いの無い生き方を
とか
いつ死んでも良いように
とか
ではなくてね。
したい話は。

箱庭円舞曲
珍しい凡人
が無事に終わって一番の安堵は何故か、
死ななくて良かった
死なずに済んだ
生き残れた
って感覚だ。

別に、死にかけた訳じゃないし、その片鱗を見た訳でもない。
でもそう思って、安堵している自分がいるから笑える。
安堵。

須貝英は
演劇は修行だ
と言う

俺はご存知
演劇は愛だ
と言う

でも今回ばかりは、須貝英の言い分が少し解った気がした。

暖簾に腕押し
とでも言おうか。
手応えの無さ
ってのは、結構意外と恐怖で。
それは別に、面白い演劇なのかとか、自分はやれる事をやれるだけやったかとか、そういうのではなくて。

何だろう。
役と自分の距離がニュートラル過ぎて、演劇という特別空間、特別状態に身を置けてなかった感覚があるからなのだと思う。
それは役と同化するほどのめり込んだという意味ではなく。
簡単に言えば自然にアプローチ出来たという事なのだが。

でも、その自然具合が俺には今回恐怖だったようで、やってもやっても手応えがなくて。

その、何にも掴めてない感が永遠に続く中、演劇に寄り添うのはどうやらしんどかったようだ。

演劇を嫌いになるしんどさではない。
暗闇の中を、程良く慣れた目で歩くような。
一歩先は薄暗く、二歩先からは途方も無い闇。
歩けなくはないが確証の無い旅路を行く感覚が。

これは修行だ
と、漠然と思わせたのだ。

詳しい事は須貝英のブログにその内アップされるであろう記事を見てほしいが、今回、須貝英にとっては半端無い修行だったろうと思う。
なんのこっちゃ
と思われるだろうが、俺はその事を思うと泣きそうになる。
須貝英の心中を察せ過ぎて同化して俺の心も痛くて泣きそうになる。。
演劇は修行だ
と言う須貝英のその言葉の意味が解り過ぎて、辛かった。

だからその感覚が俺自身にもきちんと芽生えた時、
これか
と、唸った。

そして間違いなくその修行から無事に生還して、安堵した。

安堵したのだった。
安堵したのだと思う。

でもそれでも、人には必ず死が訪れるんだから、畜生神様畜生ありがとうふざけんなとか、思う。

思います。



信頼の話。

打ち上げでは、しこたま井上裕朗氏と話した。

俺と裕朗さんは今だから明かせるが、プライベートであまり仲良くならないようにしていた。
筈だ。
どちらから言い出した訳ではない。
暗黙の了解で、ある一定の距離を保っていた。

開演直前の袖中でも
宜しくお願いします
なんて声を掛けたりはしなかった。
頑張ろうって握手や抱擁も無く。

兎に角、全ては暗黙の中当然のようにやりとりされていた。

今回が初共演、歳も一回り以上違う裕朗さんと、ここまで色々と共有、意思の疎通が取れたのは何故か。

という話を、したのだ打ち上げでは。

最後の二人のシーンは、11ステージ全くもって違った。
同じ事態になった回は皆無。
通らなきゃいけない道も、到達しなきゃいけない地点、着地点も特に定めていなかったので、舞台上でのやりとりを唯一手繰り寄せて、あのシーンを創っていた。
でもそれも努めてではない。
必要なら必要な分だけ受け取るし、要らないものは即効捨てたり、必要以上に渡したり。
そういう事を
やらなきゃ
と思ってやった事も一度もなく。

どんなものでも確実に受け止めて、確実に何かを上乗せしたり削いだりして返してくれると、解っていた。

手に取るように、目の前に居る裕朗さんから受け取れたのだ。
渡せたのだ。

それは裕朗さんも同じだった。
本人に聞く迄もなく、そうだったんだもんだって。

手に取るように、目の前に居る玉置玲央から受け取れたのだ。
渡せたのだ。
裕朗さんは。

それが手に取るように解ったんだもんだって。

これが演劇の凄い所なんですよ。

溶ける事が出来るんですよ。

こんな経験は、なかなか無いです流石に。

思うに、受信アンテナと発信アンテナがお互いびんびんで、その容量というか温度というかが、ある一定水準で同調したんだと思う。
そして更にそれを、空間全体に放てたのだと思う。
一緒に。

簡単に言えば
研ぎ澄まされていた
のだ。

そしてそれが出来得たのは、いつの間にか信頼していたからだと思う。

普段とは違う信頼関係の形成の仕方だった。
全く気付かない内に信頼していたという、良い意味での異常事態だったのだ。

考察しようにも、いつ信頼したのか本当に解らなくて、どうしようもない。

解っているのは、信頼なくしてはラストシーンでのあんなにもなやりとりは出来なかったという事。

だから、逆説的に俺は裕朗さんの事を信頼しているのだって、漸く気付けたりしたのだった。

良く解らない中、最高の演劇体験をさせてもらっちゃいました。



信頼は、もしかしたら非常に簡単に築かれるし、非常に簡単に失われる。

馴れ親しんだ人に対しても、初対面の人に対しても、その事実をきちんと認識して、今まで築き上げてきたものは蓄積し、けれども心の底から新たに信頼を得るつもりで接しないと駄目だ。
人は元来
されたい
が強く、されるとそれに満足をする。
満足は慢心を産み与えられる事を当然と思うようになり、やがて何もしなくなる。
腐る。

それではいけない。

いつでも貪欲に、謙虚に、冷静に、初心で居なきゃいけないのだ。

信じるだけでは駄目で
頼るだけでは駄目で

信じて頼らなくては、信頼とは言えない。

そしてそうなるように、生きていかなくてはいけないのだ。
そうすりゃ非常に幸せな人生が渦巻くのである。



美術の稲田美智子嬢と、やはり打ち上げで話す。

彼女は、心底俳優の事と演劇の事を考えて美術を創ってくれている。
と言うかもはや、彼女は世界を創っている。
美術ではなく、その先の世界を。

それは、簡単な様でなかなかに難しい。

生きて、生身のやりとりをしている我々俳優が、やっとの思いでその世界を創っているのに対し、彼女は物質を用いて、もの言わぬ物質を用いて世界を創っている。
それって凄いと思う。

んで、飽き足らず更に俳優という生物を知ろうとしていて。

なるべく多く、彼女の創る世界に立ちたい。
彼女の創る世界で生きたい。
彼女の創る世界をもっともっと拡げてあげたい。

そう思わせてくれる美術家。

軽く尊敬しています。

稲田美智子嬢が

カスガイの英ちゃんにも思ったんだけど、今回のラストシーンみたいなのを観せられると、すげぇなって思わされる。
あんだけやられると、もはやむかつくわ。
尊敬するよ。

的な事を言ってくれたのが印象深い。

そして何より嬉しい。

負けてらんないと思うし、俳優と裏方の、馴れ合いではない健全な関係だなとか、思う。



以上、珍しい凡人の総括終わり。



玉置は只今高速バスに揺られ、大阪を目指しています。
もうすぐ京都。

個人的な不安は多々ありますが、飛龍伝という作品、そして関西の俳優と、真っ向からぶつかってきます。

生きて帰りたい。
本当に強く思う。

舞台から日常へ、一歩でも一つでも多く、生還したい。

きっとこれは今後、毎度思うだろう。

物理的にも、精神的にも、生還は絶対だ。



人は、いつ死ぬか解らん。
違う言い方をするなら、いつ死んでもおかしくない。

だから悔いの無い生き方を
とか
いつ死んでも良いように
とか
ではなくてね。
したい話は。

つかこうへい追悼企画
飛龍伝を無事に終わらせて
死ななくて良かった
死なずに済んだ
生き残れた
って感覚を。

掴み取りたい。



掴み取って帰りたい。



だってやっぱりそれが俺の絶対的な幸せだもん。



いざ。
posted by 玉置玲央 at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月12日

終着点の始まり

珍しい凡人、無事に終演しました。

ご来場下さった全ての方に、感謝です。



また後日ゆっくり書きますが。

井上裕生兄さんと稲田美智子嬢と、語る。



一つ確かなのは、凡人は凡人である事を自覚し、凡人として生きる術をきちんと身に付けなくてはいけないという事だ。
じゃないと、他人に迷惑を掛ける。

他人に迷惑を掛けたら、それはもう凡人じゃない。

そこには、敏感にいるべきだだって俳優だから。



寝ます。
posted by 玉置玲央 at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月11日

我々はどこへ行くのか

俺には。
信頼している方々がいる。
その方々に観てもらえるのは、心強いし、嬉しい。

稲田美智子という美術家を、俺は心底信頼している。
カスガイは、彼女の為にもやりきった側面がある。

俳優として、彼女と付き合っていきたいと思う。
彼女の話を聞きたい。



中屋敷を始め、村上誠基、長島敬三を、俺は信頼している。
ようすけだって、川田希嬢だって、信頼している。

中屋敷君が、凄い面白かったと言ってくれた事実は、俺の中ででかい。



事務所の面々。
朝、社長から留守電が入っていて、感想と激励。
有難い。
本当に有難い話だ。



中田顕史郎氏。
貴方の言葉は俺の中でいつも標になってくれて、感謝です。



観に来て下さった全てのお客様の言葉が、響く。
染みていく。



そして、須貝英。
君が居れば俺は、演劇続けられるのさ。



繋がりたいを貫きたい。
これからも一生それで演劇やっていこうと、強く思う。

演劇は手離したくないよ。



カタルシス不在というカタルシス。
追い求めて、生きれるだけ生きてみようと思う。

行き着く先は天国か地獄か。

そんなん知らん。

知らないが、演劇で生きる。



本日千秋楽。
本当にお待ちしています。逢いたい。



カタルシス不在というカタルシス。
posted by 玉置玲央 at 14:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

我々は何者か

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カレーです。
美味しいカレーです。



期待に応える。
という恐怖感。

有難い事に、様々な方、様々な地域からお声を掛けて頂ける。
その全てに、きっと何かしら、少なからず、玉置玲央への俳優としての期待みたいのがあると思う。
てか思いたい。
あったら良いなと、思う。

それに200%応えて、生きていきたいのだ。

もっと出来る。
最高ではなかった。

では駄目なのだ。



楽しみながらも、それに応えて生きていきたいのだ。

だって、俳優だから。



今出来る精一杯を追い求めて、今日も駆け抜けてみます。



我々は俳優だ。

恐怖と闘う俳優だ。
posted by 玉置玲央 at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月07日

久々の電車の中で綴るあれやこれや

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居酒屋に、予約に行く須貝帰る須貝。
変顔の須貝。

俺の携帯には須貝が一杯。

袖中で、涙を流しそうになるシーンがある。
須貝のシーン。

すっごく良い。
観てのお楽しみだ。



箱庭円舞曲
珍しい凡人
まだまだ進化深化真価。

ご予約も承り中。



どうにもうまくいかない事って、ある。
でも、仕方ない事は無い。
これは、ある人の受け売り。

仕方を、あるようにするのは、人だ人の力だ。

皆、自分の為だ。



ふざけんな。



本日の昼観に来て下さって、ご挨拶をちゃんと出来なかったお客様、本当に申し訳ありませんでした。

また逢えたら、そして楽しんで頂けたなら、幸いです。



最後はやはり人間性。
抜群な演劇能力を持ち合わせていないのなら、せめて、人間性だけは清く尊く美しく、持ち合わせようと思う。

理想は、そりゃ両立だがね。



深く不覚眠ろう。
風景を網膜に刻み付けて。

沈め静め鎮め。
posted by 玉置玲央 at 22:31| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月06日

お願い

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劇場に、お弁当を持っていくのが大流行。

この日は、炊き込みご飯、大根と里芋の煮物、卵焼き。
夕方休憩で食べるつもりだったが、昼過ぎには食べ終わってしまった。
ってくらい、美味しい。



箱庭円舞曲は二日目を終えました。

劇場に通い、共演者と顔を合わせ、お客さんを迎えて、台詞を喋り、一喜一憂して。
端から見たら特殊な事かもしれないが、俺にとって『日常感』が半端無い。
普通の生活をしている感。
あるべき姿に納まっている感覚。

そんな環境に身を置ける事を、本当に有難く、幸せに思う。

なんか、生き辛いじゃない。
日々是。

だからこうやって、幸せや生き甲斐や意味を、己の力で必死こいて産み出していかなきゃいけない。

何の為に生きているのか。
何の為に演劇やるのか。

それが解ったら。
それが解ったらね。



魂から叫びたい。
でもそれは全解放するべきではなくて、蓋をして、その蓋押し上げて、なんか。

頑張るしかないのだ。



取り敢えず、生きている事が儲けだ。



今日も珍しい凡人ってきます。

絶対観に来て。
頼む。
posted by 玉置玲央 at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする