伝える、という話。
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何のために演劇をやっているの?と聞かれることがまぁあるのですが、例えばそこに義務感みたいなものは無くて言ってしまえば愉しいからやっているってのが本音。
愉しいなぁ、ありがたいなぁと思ってただただ演劇やって来て、お陰様でご飯を食べるに至れているのだから感謝感激な訳です。
逆を言えば、何か義務感で、或いは愉しくなくて、あと何となくで演劇を続けているのだとしたらこんなに長続きしなかったろうなと思う。
自分を甘やかしているとも言えるけど、好きなことだけやって生きていくことは決して悪いことじゃないなと思っている。
でも好きなことだけやる為には然るべき責任が伴うし、やらなきゃいけない好きじゃないことってのも絶対にあって、でも持ち前のスーパーポジティブマインドのお陰でそれすらも愉しい、演劇の一部だと思えて今までこれたから我ながら本当におめでたい。
何もかもとはいかないが、あなたがもし演劇を愛しているなら、演劇だけじゃなくてそこに伴うありとあらゆるものも演劇に影響を与えている演劇の一部だと思って捉えてみてほしい。
途端に全てが上手く廻り出すかも知れない。
演劇は演劇だけで完結せずきっと日常や娯楽や他人や世界と繋がってその真価を発揮するから、もしかしたらあなたの演劇を豊かにするヒントは、思い掛けないところに転がっているかも知れませんよ。
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柿喰う客の稽古場に行き、にんぎょひめの稽古を観て、カメラで写真を撮り、蕎麦とカツ丼を食べ、ドトールでカフェラテとミルクレープを頂き、劇団員たちと語り合う。
それがそれこそが、俺の演劇を豊かにしてくれるのです。
そんなものなんです演劇なんて。
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そしてそんな感覚や感情を烏滸がましくも色んな方に知って欲しいから、ワークショップやったり高校の先生やってるんですね。
自分の世界を自分だけで終わらせない。
人と世界と繋がることで、俳優には価値が生まれる。
と、これは栗山民也氏の言葉。
俺もそう思います。
引き続き、演劇のことだけ考えて、生きていきますアタクシは。

